いやいや、どこの馬の骨かわからない一庶民にだって、自分のルーツを知る正当な権利は認められていますと言いながら、NotebookLMに作ってもらった家系図を自慢気に取り出し「どうだ、もっと驚いてよ!」という感じで、話にグイッと引き込みます。
役所という名のお堅いダンジョンに単身乗り込み、「戸籍を遡って出せ」という呪文を唱え続ければ、いつかは道が開かれるのなのです、と適当なことを吹きながら先輩風を吹かせます。
何のことはない、そもそもの私も最近知ったのです。
突然の「ロシア人宣言」
天保3年生とか書いてある古い戸籍を見せながら「銭形平次」と同じ世代ですよ?すごいでしょう!とか自慢していたら。懇意にしている知人から信じられない言葉がでてきました。
「私、先祖がロシア人なんですけど、どこまで辿れるもんですかねぇ」
……えっ?
わたくしは思わず飲んでいた烏龍茶を盛大に吹き出しそうになりました。そもそもこの知人、親の代から続く由緒正しき呉服屋の出自でありまして、ご本人も現在は立派な経営者です。どこをどうひっくり返して眺めてみても、失礼ながら広大な大地のロシアの血が一滴でも流れているようには見えない、生粋の日本人顔のオジサンなのであります。
しかし、もし戸籍という名の古文書を紐解いていった先に、突如として毛筆体で「塵取権助(ドミトリ・ドンスコイ)」だの「瀬美代信(セミョーノフ)」だのといった、当て字の極みのようなお名前が立ち上がってきたらどうでしょう?「安禄山(アレクサンドル)」とか出てきたら完全に気絶寸前ですよ。考えてもみてください、明治時代の戸籍に
明治弐拾壱年五月参拾日 露国聖彼得斯堡参拾弐番戸平民セミヨノフ二男入籍
とか書いてあったら「こいつはとんでもないお宝を発見した!」という気分になりますよ。
それにしてもそのロシア人の先祖は呉服屋に入り婿して「露助旦那」とか呼ばれていたのでしょうか?謎は深まるばかりです。
もしかすると、日露戦争の折に捕虜として極東の島国に連れてこられた屈強なロシア兵が、そのまま日本の美しい娘さんに惚れ込んで、遠い祖国を捨てて居着いてしまった……などという、大河ドラマ顔負けの壮大な歴史ロマンが隠されているのかもしれません。想像しただけで興奮して鼻血が出そうなくらい面白そうです。
もう、他人の家系図ながら「委任状を一筆書いて丸投げしていただければ、わたくしが露助の防衛線を突破できる地の果てまで突撃してみましょうか?」と提案したくなりましたね。
お爺さんがアメリカ人だという少しばかりハイカラなルーツを持つ方は今までにも見たことがありますが、先祖がロシア人というのは初耳です。最近、わたくし自身の戸籍で「何とか左衛門」だの「天保三年」だのという古めかしい文字列を発見して一人で小躍りしていたのですが、そんな自分のちっぽけな感動が随分とセコいものに見えてきてしまいました。ルーツがロシアになると、これまた途轍もないお宝情報が眠っていそうな気がしてなりません。
規格外の国、ロシアの追憶
ロシアといえば、わたくしも浅からぬ因縁があります。思えば昔、ロシアから得体のしれないカメラやレンズを輸入して日本で売りさばくという、なかなかにエキサイティングな商売に手を染めていた時期がありました。
その手前、2000年代に3回ほどロシアの地を踏んだことがあります。当時の地方都市は、まだまだ色濃くソ連時代の陰鬱で重たい空気を引きずっておりまして、西側の甘っちょろい資本主義にどっぷり浸かった人間の目には、街並みにしろ人間模様にしろ、ひどく新鮮というか、完全に異次元の世界に映ったものです。今となってはすっかり様変わりして、大都市は普通の先進国になってしまったようですが。
当時のロシアは、とにかく何もかもが規格外でした。芸術的な装飾が施され壮観なモスクワやサンクトペテルブルクの地下鉄駅。核シェルターを兼ねているせいか底知れぬ深さがあり、名古屋地下鉄の桜通線が深いとか言っているレベルとは完全に違う深さです。うねるように不気味なモーター音を上げながら日本の3倍ぐらいのスピードで昇り降りして人々を滑落に近いスピードで奈落へと運ぶエスカレーター。慣れていない人は、あれは乗るだけでちょっとしたアトラクションです。
ふだん街を歩くロシア人達は、一見すると氷のように冷酷でとっつきにくい顔をしていますが、ひとたび懐に入れば驚くほどフレンドリーに変貌します。そして白昼堂々、ウォッカにやられて道端で転がって寝ている見事な社会のクズの見本……いや、自由人たちが精一杯自分を表現している姿もそこかしこに見られました。
ロシア語など「スパシーバ」と「ハラショー」くらいしか言葉を知らないわたくしが、地方都市の駅で切符を買えずに泣きそうな顔をして途方に暮れていた時のことです。しかも窓口は長蛇の列。真っ白なロシア人形のような美しい駅員さんが自分の窓口に手招きして、言葉も通じないのに親身になって切符を手配してくれたこともありましたっけ。Thank you, you are very kind!と格好つけて言ってみたものの、このロシア人形と結婚してもいいと本気で思った。ただそう私が思っただけで、相手はお断りだろうな、うんわかってるんだ、要は暇だったからここはひとつキタイスキー(中国人≒東洋人)に親切でもしてマリア観音様への功徳の一つでも積んでやるとするか、まあそんなもんだろう。
その一方で、大人数で取り囲んでわたくしの財布を華麗にひったくろうと大波状攻撃を仕掛けてきた、油断のならない目つきのジプシーのガキ共の姿も忘れられません。あやうく財布という名の命綱を奪われそうになり、地下鉄駅で「マジでヌッ殺すぞお前ら!ウォリャァァ」と叫びながらカバンをブンブンと振り回し「悪党に天誅を食らわすものぞ!」というMAXテンションで発狂していた恥ずかしい姿、今となっては懐かしくもあり笑い話でもあります。
遠い記憶の交差点
今にして思えば、あのスリリングな珍道中も、親切な純白の駅員さんも、ジプシーのガキ共も、すべてが鮮烈な、本当に良い思い出なのでした。
あの呉服屋の知人のルーツを探っていけば、広大な凍土とウォッカの匂いが漂う、わたくしのあの中途半端なロシアの記憶と、どこかでひっそりと交差するのかもしれません。
ええ、全くもって本末転倒というか、残念極まりない話と言えましょう。


