1年ちょっと前、これまで2009年から15年間ぐらいにわたって書き散らしてきた過去の記事を、すべて非公開という名の闇に葬り去りました。
理由は単純。やばいからです。
2009年といえば、今にして思えば「古き良き野蛮な時代」でありました。当時は会心の一撃「どうだ参ったか!」くらいに思って吐き出していた言葉も、2024年のいま、現代社会という名のコンプライアンスのフィルターを通すと、驚くべきことに、とんでもない勢いで着火性を帯びてくるんです。
当時は誰も気に留めなかった記述が、いまの基準で見れば爆発炎上しかねない爆弾へと変貌しちゃっているんですよ?驚きですね。ネットの常識というのは、私が75インチTVの前でゲラゲラ笑いながら無駄に生きているよりも遥かに早いスピードで移り変わるものなのであります。
そもそも、文章を残しておく、しかもそれを世界中に向けて公開し続けるというのは、自分の人生の「恥の部分」をわざわざ晒し続けているような愚かな行為そのものなのです。 15年前の血気盛んだった、あるいはロクでもない考えに取り憑かれていたわたくしの姿が、ボタン一押しで誰にでも覗き見ることが出来る。これはもう、何と言えば良いのだろう?「恥さらしを自ら率先して実行している」という修行というより愚行に他ならないものと言えましょう。
「店主激闘ブログ」などと格好をつけてはいたものの、まあ今になって振り返ってみれば、ただの中途半端な男が中途半端な自分を正当化するために喚いていた記録に過ぎないのではないか?そう思うと、自分で自分がちょっとだけ惨めな気持ちにもなり、天に代わって自ら非公開の大鉄槌を下したというわけであります。
それでも、「恥ずかしながら戻ってまいりました!」という感じで、またこうして文章を書き始めようとしている自分がいます。たまに
「またブログを復活してください、楽しみにしています」
という社交辞令をいただいたりするんですよ、これが、ほんのたまにだけどね。本当だよ?
もちろんだけどさ、今後は内容をある程度吟味し、なるべく燃えたり爆発したりしないように、という相も変わらず「志は低く」、だが安全第一な運営を心がけるつもりではあります。
まぁ、あくまで気が向いたときに、なんだけどさ。
私の人生という名の不完全なドキュメンタリーは、これからも細々と続いていく、のかな?着火性の高いものや爆発物はすべて撤去したつもりですが、もし万が一、私の文章に火種を見つけたとしても、そこは修行中の店主が、「何かまたおかしなことをいってるわい」と思って、適当に聞き流していただければ幸いです。それが大人の態度ってものなのですよ。そう思うよね?
さあ、今日も燃えない程度に、淡々と仕事を始めるとするかな。