AIの使い方を学んだり練習するために、仕事の合間に何かやるべきことを探しておりました。しかし事務仕事はすでにAIツールを拵えてあるし、特段やるべきこともないという、暇を持て余した中途半端な店主であります(本当は仕事はかなり忙しいんですよ)。
そこで思い出したのが写本という概念でありました。いつの時代も古い書物を書き写すという行為は、人知を超えて価値を生むものだと友人が言っていたし、ちょうど今季はTVアニメ「天幕のジャードゥーガル」が放映されている。ならばモンゴル史でも探ってみようかと、調べてみた次第であります。調べると言ってもAIに聞くんだけどね。
それにしてもAIが一般的になってから、自分でGoogleサーチの深淵に潜り込んで獲物を仕留めるということをほとんどしなくなった。気がつけばGoogleでサーチワードを入力するだけで、勝手にAIモードなるものが展開されて詳しく解説してくるという、まあ便利といえば便利だが、たまに騙されるのが困りものなのです。
ペルシャ語に書かれたモンゴルの歴史
以前和訳した元史というものがあるのだけれど、元史はモンゴル史としての資料的価値はあまり高くないようです。で、調べていくうちに驚くべきものに遭遇しました。
| 史料名 | 言語 / 編纂地 | 強み | 弱み |
|---|---|---|---|
| 『世界征服者史』 | ペルシア語 (イラン) |
著者自身が帝国中枢を目撃した同時代性。中央アジア(チャガタイ・ウルス)の初期情報に強い。 | 文体が非常に難解(極端な修飾語が多い)。イルハン朝成立(1250年代)以降の歴史はカバーしていない。 |
| 『集史』 | ペルシア語 (イラン) |
皇室の秘密(金冊)を反映した最高峰の正確性。遊牧部族の系図やハンの伝記が極めて詳細。 | イルハン朝の君主に配慮した政治的忖度(プロパガンダ)が含まれることがある。 |
| 『元史』 | 漢文 (中国・明代) |
中国本土(大元ウルス)の社会・経済・官僚制度・科学技術の圧倒的なデータ量。 | チンギス・ハン初期の遊牧社会の描写や、他ウルス(汗国)の記述が極めて貧弱。 |
不勉強で恐縮ですが、「集史」とか「世界征服者史」なんてものがこの世に存在しているとは全然知らなかったのであります。そもそもモンゴルといえば遊牧民で、元々文字を持っておらず、何となくメチャメチャ強いけど大雑把な集団という、私の頭の中には、かなり間違った思い込みが居座っておったわけです。
モンゴル人が歴史資料を残さなくても、色目人が勝手に残したんだろう、ぐらいに思っていたのだが、それも違うらしい。
ということらしいのです。ずいぶんと誤解をしていて申し訳なかった。私も知らず知らずのうちに中華史観という名の色眼鏡に囚われてしまっていたのですね。50年以上生きてきて、こういう基本的な認識すらずれているとは、自分のおめでたさに改めて感服する次第であります。
中華史観という名の落とし穴
具体的にどんな罠にはまっていたかというと、こういうことです。
- ×独自の文字を持たない(あるいは後から採用した)遊牧民は、文化的に遅れている。
- ×歴史書を編纂していない(見当たらない)から、歴史を記録する意識が低かった。
- ×実際に文章を書いたのが中国人(漢人)やペルシア人(色目人)なら、主導権も彼らにあったはずだ。
これらはすべて、「本や文字という形に残したものだけを文化の基準とする」
中華史観(農耕民側の視点)の罠です。
ペルシャ語原典との格闘
私の無知を思い知ったところで、じゃあ「集史」とか「世界征服者史」をペルシャ語の原文からAIに和訳させてみようと決めたのであります。
しかし「AIに塩梅よくやってくれ」と丸投げすれば万事解決、というわけにはいかない。まず私はアラビア文字が読めない。ペルシャ語に至っては完全なる暗闇の中にいるのであります。このあたりが漢文のAI和訳とはまったく前提が違ってくるわけでして、漢文なら少なくとも漢字から何となく雰囲気は伝わるが、アラビア文字は呪文の類にしか見えないという絶望的状況です。
ペルシャ語の原典を探してきて、AI OCRをさせて、様々な(高額ではない)AIモデルで良い結果を出すものをテストして、というように、AIトークンという名の軍資金を盛大に浪費しながら、何とかペルシャ語歴史資料をAIで和訳するという、世間的には正気を疑われかねない一連の手法に至った次第であります。
成果物
とりあえず這々の体で出来上がったものがこちらの3つです。世界征服者史が完成していないのは、膨大な量のうち半分ほどまで進んでいるものの、AIトークンの回復待ちという、まるで体力ゲージが回復するのを待っているRPGのような状態だからであります。
ワッサーフ史の日本語翻訳はおそらく公開されていないと思われるので、本邦初かもしれませんよ? まあAI翻訳だけどね。バーブル・ナーマは本来の原本がトルコ系のチャガタイ語らしいのだが、原典が手に入らなかったのでペルシャ語版を使いました。バーブル・ナーマは読み物としてなかなか面白いです。歴史資料なのに時々人間味溢れる感想が挟まってくるのが良い。