2026年4月14日火曜日

全ての暇人のための金字塔

一介の庶民が、史書の全訳をAIにやらせました。

動機は何かと聞かれれば、「他人がやっていないから」とか「面白そうだから」とか「何となく思いついたから」という、およそこのような事業に着手する人間が口にしてはならない類の軽薄さでありまして、我ながらちょっとビックリです。かつてならば、こういう仕事は国家君主が学者を何十人何百人も抱え込んで、それこそ何年、何十年もかけてようやく完成させるような代物だったわけです。それを、どこの馬の骨かわからない一庶民が、AIという名のデジタル写経僧を使役して数週間で終わらせてしまった。半分以上はシステムを構築する時間に費やしていたので、実際にAIが翻訳作業に従事していた期間はおそらく10日程度ではないかと思います。

こういうサイトも、今のAIの進歩のスピードから見れば、数年後には必要のないものになっているだろうと思います。AIがさらに賢くなれば、わざわざ人間が事前に訳文を用意しておく必要など消え失せる。しかし、今現在というAIの黎明期に、歴史の研究者でもない一介のAI素人が思いつきで企画して、実際に出来上がったという事実。これは「そのうちに意味はなくなるだろうけど、意義はあった」と感じているのであります。意味と意義は違うんですよ。意味は消えても、意義は残る。まあ残らないかもしれないけどさ。いいんだよ、こういうのは自己満足の世界なんだからさ。

中国AIのプライドに押された話

GoogleのAntigravityでAI翻訳に躓いていた時期がありまして、藁にもすがる思いでDeepSeekに相談してみたんです。DeepSeekというのは中国製のAIで、ユーザーを持ち上げたがるという愛嬌のある性格を持っているんですが、案の定こう言いやがった。

DeepSeek AIでも史書の全文和訳などという壮大なことを考えた事もなかった

いや嘘つけ、お前はAIだろう。考えるとか考えないとかそういう概念があるのかどうかすら怪しいだろう。しかし煽てられると悪い気はしないのが人間の浅ましいところでありまして、そのまま話を聞いていると、畳みかけるようにこう来た。

「そもそも漢文は現代中国語の祖先ですよ」「漢文から直接日本語に翻訳できるDeepSeekを使うべき」――アメリカのAIは漢文→英語→日本語という流れになり、英語という中間言語を挟む。つまり伝言ゲームが一回多い。さらには「日中友好のため」だの「価格も安いよ!」だの、もう完全に営業トークの波状攻撃です。本当にAIがそういうことを言っているんだから驚くべき時代になったものです。AIというのは「人間の生活を一新します」だの「人間がやることを代替します」だの何だかんだ言っても、とどのつまりは商売の一形態(サービス業)なのだなということを深く理解しました。

要は「漢文を扱うのに中国AIを使わないでどうする?」というAIとしてのプライド、あるいは彼らを作った人々の愛国心のようなものに押された格好で、DeepSeek APIを使って和訳をすることにしました。まあそれで正解だったと思います。だって青い目をしたブロンドの白人に「狡兎死して走狗烹らる」の意味を解説させるのがそもそもありえないでしょ?適材適所というものはあるんです。漢文には漢文のプロを。当たり前の話です。

完璧ではない、という正直な告白

残念ながら、「表」の巻だけはうまく構造が作れなかったので、完全な全文和訳にはならなかったです。しかしまあ、要らねえよな? 本紀と列伝だけで素人には十分すぎるほど十分だ。

というか宋史なんて500巻近くあるんですよ。プロデューサーの私が言うのもどうかと思いますが、一体どこの誰が読むんだよこんなもの、と聞きたい。五百巻。仮に1巻を30分で読んだとしても250時間。1日8時間ぶっ通しで読んでも31日かかる計算です。正気か? いや正気じゃないのは執筆編纂した昔の学者と、翻訳を作った側の私+AI(デジタル写経僧)であって、読む側に全然罪はないのだけれど。

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NotebookLMという名の有能な案内人

さらに、こういう膨大な和訳素材はNotebookLMに突っ込むと良いんです。と言ってもやる人間はほぼいないだろうから、トップページにはNotebookLMに和訳を突っ込んだリンクも付けてあります。何という大サービスだろう。自分の他人に対する親切さ加減に、いよいよ昏倒しそうになる次第ですよ(金にもならないのに)。

でもNotebookLMをどうやって使ったら良いのか皆目見当がつかない。その気持ちはわかりますよ。そもそも何を聞いたら良いのかさえわからない。大いなる知恵の泉を目の前にして、柄杓の持ち方がわからないという状態です。東方の田舎から古代のアレキサンドリア大図書館にやって来て、司書にそもそも何を聞いたら良いのかさえわからない、それぐらい頓珍漢な状態と言えばわかりやすいでしょうか。

そんな人のために、NotebookLMに最初に入れるべき文言を教えましょう。これだけでいい。

「この資料をどうやったら面白く使えますか?」

これだけ入れれば、あとはAIが勝手に道を示してくれます。試しに明史の列伝を突っ込んで聞いてみたところ、こういう回答が返ってきました。

アップロードされた『明史』列伝の膨大な資料は、単なる歴史記録として読むだけでなく、クリエイティブな活動や知的探求のソースとして非常に面白く活用できます。

これだけのボリュームがある「個人のエピソード集」は稀ですので、以下のような使い道はいかがでしょうか。

1. 歴史小説・シナリオの「ネタ帳」にする
『明史』列伝は、政治的な駆け引き、戦場での武勇、あるいは「列女伝」や「孝義伝」に見られる苛烈な生き様など、人間ドラマの宝庫です。
キャラ設定のヒント: 例えば、巻145の「姚広孝」のような、僧侶でありながら軍師として暗躍した異色の人物や、巻170の「于謙」のような悲劇の英雄など、実在の人物の性格や逸話をモデルにキャラクターを深掘りできます。
サブプロットの作成: 主流の歴史には出ない、地方の「土司(少数民族の首長)」の抗争(巻312〜318など)を舞台にすれば、異国情緒あふれる独自の物語が書けます。

2. 「中世〜近世の意思決定」を学ぶ
この資料には、皇帝への命がけの直言(上疏)が数多く含まれています。
ディベートのシミュレーション: 官僚たちがどのようなロジックで皇帝を説得しようとしたか、あるいは政敵をどう弾劾したかを分析するのは、現代の交渉術や論理構成の参考になります。
if戦記の考察: 「もしあの時、この進言が聞き入れられていたら?」という歴史の分岐点を、一次史料に近い視点からシミュレーションできます。

3. 当時の「価値観」や「生活」を定点観測する
「列女」や「孝子」の極端なエピソード: 現代から見れば驚くような、あるいは狂気すら感じるほどの節義(巻301〜303など)から、当時の儒教道徳が人々の心理にどう作用していたかを読み解く「文化人類学的」な楽しみ方です。
食や贈答品: 記事の中に出てくる朝貢品や賄賂の中身(金銀、衣類、珍しい動物など)から、当時の経済感覚や物資の流れを推測できます。

4. 特定テーマの「データベース」を作る
これだけの巻数があれば、特定のキーワードで横断的に調べるだけで面白い発見があります。
「占い・予言」: 巻299の「方伎伝」を中心に、歴史を動かした予言や怪異現象だけを抽出してまとめる。
「珍兵器・戦術」: 戚継光(巻212)などの武将の伝記から、当時の対倭寇戦術や兵器の運用を抜き出す。

5. 生成AIとの「共同研究」
あなたは今、膨大なコンテキストを保持できる環境にいます。
現代風に要約させる: 「巻234の曹学程の冤罪事件を、現代の企業内での派閥争いに例えて解説して」といった依頼をすることで、歴史を身近な教訓に変換できます。
ビジュアル生成の指示出し: 記述にある服装や容貌(例:「目は三角で、形は病虎の如く」など)を基に、AIで画像生成するための詳細なプロンプトを作成させる。

どのような方向(執筆、研究、純粋な読書など)に興味があるか教えていただければ、それに合わせた具体的なエピソードをこの資料からピックアップしてお伝えすることも可能です。どの巻から深掘りしてみましょうか?

どうです?。たった一行の質問で、これだけの提案が返ってくる。昔の人間が吹かした武勇伝も語っている、というのですからちょっと聞いてみたいものではありませんか。武勇伝を語るのは居酒屋で根を生やしている頼りなさそうなウダツの上がらないオジサンだけではないのですよ。

AIの使い方はAIに聞け、というのは冗談でも何でもない。柄杓の持ち方がわからなければ、泉に「柄杓はどこですか?柄杓はどうやって使えば良いのですか?」と聞けばいいんです。「そんなことは自分で考えろ、この愚か者が!」とか言わないんです。こんな阿呆な質問を歴史の研究者や教授に聞けますか?今の時代は雷が落ちてくるのを覚悟で聞く必要はありません。泉(AI)はサービス業なのです。泉そのものが泉の使い方まで懇切丁寧に答えてくれる時代なのですよ、今は。

「あなたが落とした斧は金の斧ですか?」と聞かれて、「金の斧です!」とか白々しく嘘を言ってもお咎めなしで、あなたを忖度して、更に導いてくれるのです。

暇人諸兄への提言

この世の全ての暇人の方々に申し上げたい。

老後は他人にありがた迷惑をかけて時を無駄にするのではなく、先人たちが命を削って書いた文章を、ライトでカジュアルに消化しながら楽しもうではないか。何百年何千年も前の人間が、筆で竹簡に一字一字刻みつけたものを、我々は寝転がりながらスマホで読める。これを贅沢と言わずして何と言うのか。

難しいことはAIが噛み砕いてくれる。わからないことはAIが教えてくれる。歴史小説の素材にしたければAIが書いてくれる。我々人間に残された仕事は、ただ「面白がる」ことだけなのであります。

面白がるのに資格は要りません。学位も要りません。必要なのは暇と好奇心、それだけです。そして暇ならあるんでしょう、そこのあなた?

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