何事もひとつの終わりが近づくと、何気なく過ごしてきた当たり前の日常の日々を思い返して、その普通の日常が実は幸せだったのだと気づくものです。私は今、そのことに気づき、深く噛み締めています。
過ぎ去った日々はもう戻りません。幸せは未来の何処かにあると思い込んで、かけがえのない幸せな日々に気づくことなく、今ここにある幸せを実感することもなく、事あるごとにぶつくさ文句を言い、不平・不満を延々と垂れながら、無為に日々を過ごしてきたのです。
こういうことは、まさに終わろうとしているときとか、終わってから気づくのです。
もうすぐ当店の2人の女性スタッフが退職します。
喧嘩別れとかみっともない話ではありません。一人は妊娠し、一人は嫁ぎます。どちらもお目出度いことなのです。
年頃の女性を雇っていたのだから、当然こういう日が早かれ遅かれ来る日があることは分かっていました。しかし実際にその日が来ると、何もかもが準備不足で、その中でも心の準備が一番なっていなくて、ため息をつくことになるのです。
思い返せば、ただ日常の仕事をしていただけなのですが、それは随分と幸せで楽しい日々だったのだな。
一人のスタッフは8年当店で働きました。当店に来たときは22歳。その子供みたいだった娘が今30になって、母親になるのです。8年間、文字通り苦楽を共にしてきました。当店は深刻にお金に困るようなことは幸いにして無かったので、給料遅配とかはなく、彼女もお金では苦労はしなかったと思います。だいたいお金に堅い性格なので、貯金もそれなりにしているようです。人生の出来事の中で何が一番嫌だと言ったら、お金の苦労ほど嫌なものはないですから、その点は私も常々気を遣ってきました。
それでもその他の面ではきっと楽よりも苦の方が多かったでしょう。これと言って何もしてやれなかったし、随分と辛い思いもさせたでしょう。当店ではなく違うところで働いていれば、また違った人生や社会を見ることもあっただろうけど、立ち続けの仕事(飲食業)が出来ないという事情もあって、座っているのが主体の当店でずっと働いてきました。彼女は20代にしてすでに色々なことを諦めざるを得ない状況ではあったのです。
この8年、私が今振り返って一緒に仕事をして過ごしてきた日々を幸せだったと感じているように、彼女も楽しかったし幸せだったと思っているだろうか?
彼女は、今もっと大きな幸せに向かっているのだから、過去を振り返ったりはしないかもしれないね。それで良いのだと思う。
でも彼女たちは、当店の事情がよく分かっているから、大したもので自分たちが辞めたあとの当店の行く末を本気で心配してくれているのです。引き継ぎできそうな知り合いを探してくれたり、マニュアルを作ったりと、「私やめますから後のことは知りませんハイさようなら」ではなく、最後まで自分の仕事を全うしていこうという、その気持ちには、心から感謝してます。実に優しい子たちだな。
しかし彼女たちには、今後は自分の人生を第一に考え、自分の人生を愛し、それを大切にして欲しい。当店は何だかんだで多少余裕があるし、多分今後もきっと何とかなるような気がします。何ともならなかったとしてもどうってことはありません。残りのスタッフに退職金らしきものを渡して、私はヒマラヤの見えるあたりで修行者になるという自分の人生の予定が早まるだけのことです。
まあ、とうとう来るべきものが来た、という状態になりましたが、笑顔で送り出したいです。あなた達の人生に多幸あれ。人生で一番大切な20代という時期を俺と一緒に過ごしてくれて本当にありがとうな。今後、誰にも相談できないような困りごとに直面することが必ずあるだろうけど、その時には遠慮せずに俺を頼って来なよ。
そして俺が死ぬ時には必ず金を残しておいてやるから、その時は忘れずに取りに来るんだよ、わかったな?
そんなときに、名古屋は意味深な雪が降ったのでした。